知識として 知っている人

知識として 知っている人と
経験した人の 違いは
まず重み。



経験を重ねるたびに
余裕が出てくるから
もう あたふたしなくなる。

従って
視点も上がる。
反応  から卒後してるってことです。



さらに
それを 人に伝える段階になっていくと

「知っている」だけの人に比べたとき

すでに 体感、体現している人は
伝わりやすさ、
わかりやすさが 
格段に違う。


説得力も 当然違う。



聞く人が

私も やってみたい!
できそうだ。
が、芽生えてくるような
伝え方に なっていく。


再現力とは臨場感を伝えること。
体感は 人それぞれ違う。

奇跡は 
まぐれ?から 始まり
え?偶然?となり
シンクロ!またシンクロ!となって
やがて 当たり前に 目の当たりに見ることとなり

あー、自分が 奇跡だったわ
と気づく。

そこまで言って、やっと
細胞に 染み付いた状態になるのかなぁ?
そんな人は そこにいるだけで
「揺れ」をおこす。

もう言葉ではないんだよね。




知識を教えるモードと
体感を感じさせるモードの
違いなんだろうな。

説明は いらなくなる。



難しい言葉の羅列
想いが 熱すぎて、本人にしか わからない内容
例えが ひどすぎて
起承転結が無い

頭が悪い、と言ってしまうと 
身も蓋もないんだけど…😭




そもそも伝えよう
説明しようと
思っている段階で
それは まだ「体現」に 育ってはいない…

集合意識… つまりは
エーテル体の外に それが 放たれていない。

つまり
本人と 経験や体現が
一致していないという事になるのかな?

なんとも
もどかしいですね(笑)

わかりやすく言えば
その存在が
空気を揺らさないってことだ。
心をゆさぶらないってこと。



3年前
ゲリー・ボーネル氏の講座で
アカシックについての 基礎編を学んだ。

そこから 応用して
インナー・ワークのメソッドを作った。

リーディングをしながら
それが 相手にもわかるように
目の前で図にまとめていく。
意識の癖の大きなチャンク、
つまり塊を 分類していく。

答えや 結果だけを欲しがる
クライアントさんの 
その動機の根本の部分に
フォーカスポイントを移動させるのに
かなり効果的で
手に取るように わかりやすく
やっていて 楽しかった。


 仕事や生き方に関して
そもそもの、発想の根本を
確認してもらう。
普段は 使わない脳の回路が繋がっていくと
人はみんな スピリチュアルに目覚めるように なっているんだな、とも思った。


それを、キープするのに
必要な純粋な刺激のエッセンスが
香りの波動だった。

音や香りがいかに 脳を
解放に導き
本来の受信機としての働きを目覚めさせるか
データ集めをしていて
五感に対する 解釈が、かなり変わってきた。

今は そこにハマっている。

その人の魂が何を目指してるか?
本質を探り、
そこに意識がアクセスするように
若干の刺激を与えながら
目覚めを導く。

寝ている子を
つついて 起こす、わけですね。



昔 よくやっていた
インナー・ワークは
「何故?何故?何故?」を
繰り返し 相手に尋ねていくスタイル。

いわゆる あぶり出しってやつ。

「何故?」と聴いてるだけなので
簡単に見えるのだけれど
ファシリテーターに なる人の誘導によっては 
意識の方向が変わってしまうので 
そこは 経験とリーディング力が必要。

結局、クライアントさんに 質問しながらも
全ては 自分に対して
それを質問し、答えを導き出しているわけだ。


そういえば
インナーワークは もうやっていない…

不思議なことに
もう そのレベルのクライアンさんは 居なくなってしまった。集まってくるクライアントさんも 進化していくんだな。







Cheers!by masamin

しくみを知る人 「見えない世界の見える世界への影響と その仕組み」 についてナビゲートしています。

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